2013年01月30日

Santiago & Easter Island旅行 その7

すっかり長くなりましたが、あとちょっと。

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島のほとんどは今でも牧草地で、牛や馬が自由に歩いています。
柵で囲われているものもいたけど、ほぼ放し飼い状態のもたくさん。

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道路にも。

そして村では、
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わんこたちもうろうろしてます。猫も歩いてました。。。
のどかな雰囲気です。


そしてそして、
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海に囲まれたイースター島では、セビッチェ三昧!
お店によっていろんな味があったけど、左上のマグロのセビッチェ、美味しかった!
港のLa Taverne du Pecheur というお店です。
(今見たら、TripAdvisorだと24軒中22位でしたが。。。)

セビッチェ以外だと、こんな感じ。
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左上の、チリでポピュラーなエンパナーダという軽食の、マグロバージョン。
Tia Bertaというお店のは、玉ねぎの甘みがきいていてやさしい味で美味しかった!!

マグロ、マグロと言ってますが、
島でマグロが獲れるので、メニューにもたくさん出てきます。
日本人には嬉しいポイント。
(が、エンパナーダの右隣は、マグロの「Sashimi」を頼んだときに出てきた、
刺身の野菜のっけ。最初違うものが来たかと思ったけど、下にマグロがありました(^^;)

あとは飲み物。
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一部サンチアゴで飲んだものも入ってますが、
下の段、左から、島のビールMAHINA(この写真は黒ビールだけどALEもあり。)、
タヒチのビール、コロナ、そしてピスコサワー!

イースター島はサンチアゴ同様、美味しいとこでした。
終わり。


おまけ。
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一気に現れたモアイグッズに囲まれて困惑顔のるる。
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2013年01月29日

Santiago & Easter Island旅行 その6

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(切り出し山Rano RarakuからAhu Tongarikiを見たところ。)

イースター島、スペイン語ではイスラ・デ・パスクア:Isla de Pascua、
現地の言葉ではラパ・ヌイ:Rapa Nuiと呼ばれてます。

この島は3つの火山を頂点とした三角形で、昔は緑豊かな島だったけど、
人口増加の際の木々の伐採と牧場化の影響で表土も薄くなり、やせた土地になってしまったんだそう。
でも、遠くまで見渡せる中にモアイたちが点在する今の景色は、
この島の不思議さ、神秘的な雰囲気をさらに盛り上げている気がしました。

モアイ以外にも、島には遺跡がたくさんあって、
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村に一番近い火山ラノ・カウ:Rano Kauの火口湖の縁には、オロンゴ:Orongoの儀式村があり、
モアイ倒し戦争の頃に、「鳥人儀礼」という宗教的儀式が行われていたそうです。

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火口の縁から、この約1.5km離れた無人島に泳いで渡り、渡り鳥の卵を取ってくる儀式で、
流れが速く、サメもいるので参加者は命がけでした。

また、この近くの洞窟アナ・カイ・タンガタ:Ana Kai Tangataには、
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こんな鳥の壁画が描かれていたり、

他にもいろんなスポットがありましたが、私の中では何といってもやっぱりモアイ。
風化が進み、ぼんやりした形をしているものも多い中で、
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このAhu Naunauのモアイは砂浜に埋まっていたため状態が良く、後ろの模様まで見えて、
石を石で削り出しているのに、大きいだけじゃないこの細やかな細工に感動しました。
当時の人の、ふんどしと刺青を模した模様だそうです。

また、Ahu Akiviではっきりと見える、
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長い指と爪、とか。

すっかりモアイファンになりました。
そうそう、モアイの写真を撮ってると、我が家の最新のカメラ、ときどき顔認識してました(^^;
彫りの深い顔立ちのものが特に、ね。

次、最終章(の予定。。。)
posted by rurue at 20:25| Comment(0) | 旅行:ブラジル国外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月28日

Santiago & Easter Island旅行 その5

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(Ahu tongarikiの15体。午後の遠景。)

さてさて、今回イースター島で丸3日あった私たち。
2日間はツアーに入り、残りの一日をレンタカーで動きました。

最初に島の西側にあるモアイ切りだし山ラノ・ララク方面の一日ツアー、
翌日の午前中にオロンゴ儀式村のツアー、午後にアフ・アキビとブナ・パウに行くツアー、
そして24時間のレンタカーを活用して、3日目の早朝に朝日スポットAhu Tongarikiに、
という感じでした。

私たちは事前にこちらの本↓
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「世界遺産 イースター島完全ガイド (地球の歩き方GEM STONE)
地球の歩き方編集室 (著) 」

を会社の方にお借りして読み込んでたので、
解説を聞きたい、というよりも効率良く回るためにツアー(スペイン語/英語ガイド)に入りましたが、
日本語でじっくり解説を聞きたいという方には個人の日本人ガイドさんもいらっしゃいます。

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(Sector Tahai:タハイ儀式村、Ahu Vai UriとAhu Tahaiの夕景)

イースター島には、
西暦200-400年にはどこからか人がたどりつき住み始め、
700年頃には部族の祭壇や墓地としてAhu:アフが作られはじめ、
800年頃からその祭壇:Ahuの上にモアイが建てられるようになり、
そこから部族も増えてモアイも巨大化していったそうです。

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(切りだし山Rano Rarakuの遊歩道)

そして、島に人口が増えたことによる食糧難から部族間の抗争が激しくなり、
18世紀には各部族の象徴であるモアイを倒す戦争がくりひろげられたそうです。

18世紀前半の、1722年にオランダ人によって島が発見され、
(その日がたまたまイースター:復活祭の日だったので、「イースター島」と名付けられてます。)
その後、18世紀後半にはスペインやイギリスの船が上陸、
その頃はもう倒されたモアイ像がたくさんあるような状態だったそうです。

19世紀前半にはモアイがすべて倒され、
さらにここからがまた悲しい歴史なのですが、
奴隷狩り商船によって島民が何度も、時には1000人単位で連れていかれ、
その中には王や神官なども含まれていたので、
島に伝わる古い文字ロンゴロンゴを読める人がいなくなってしまい、
さらに人口も激減し、歴史を伝える人がいなくなってしまったんだそうです。

その後、1865年頃には野心家のフランス人に支配されたり、
1888年にチリが領有宣言、その後チリ軍政は島全体を羊牧場にして、
住民は唯一の村である島南西部のハンガ・ロア村:HANGA ROAに、
閉じ込められて暮らすことに。
その後1966年に島の自治を手に入れて、観光地としての現在があるとのこと。

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(Ahu Akivi)

20世紀に入ると、モアイをはじめとするこの遺跡群を調査、研究する動きが現れ、
その中で考古学者たちによる復元がぽつりぽつりと進み、
おかげで今、立っているモアイの姿を見ることができるようになりました。

復元話で忘れてはいけないのが、日本との関係。
一番最初↑の写真の、15体並ぶAhu Tongarikiの復元には、
日本のクレーン会社タダノが大きな役割を果たしています。
TV番組「世界ふしぎ発見」で、当時の村長(考古学者でもあった人)が
「クレーンがあれば復元できるのに。。。」と言った話を聞いたタダノ社が協力を申し出て、
調査や実験を繰り返して何年もかかってこの15体を復元したんだそうです。


まだつづく。
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2013年01月18日

Santiago & Easter Island旅行 その4

ようやくイースター島編(^^;

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(Sector Tahai:タハイ儀式村の3つのアフ:祭壇とモアイ)

イースター島は、チリの海岸から約3700km(サンチアゴから飛行機で5時間!)、
タヒチからも約4100km(人が住んでいる一番近い島からも2000km以上!)、
周囲にはほとんど島らしい島がない南太平洋に浮かんだ孤島です。

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(Ahu Akiviの7体のモアイ)

そこにあるモアイ像。
今まだ解明されていない謎だらけってとこがまたすごい。
「何のために作ったか」は、先祖を祀るために神聖な祭壇:Ahuの上に、
各部族の首長を偶像化したものを建てていった、とされてますが、
「どのように作ったか」が、今なお判明していないそう。

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(Rano RarakuとAhu Tongarikiのモアイの影)

モアイのほとんどがラノ・ララクと呼ばれる山で切りだされ、
そこから島中にちらばる祭壇まで運ばれていった、ということまではわかってるけど、
「どうやってこの大きなモアイを運んだか」というところは諸説あって、まだはっきりしてません。

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(Rano Raraku)

また、西暦800年くらいから祭壇の上にモアイが建てられ始め、
1500年くらいに最盛期を迎えたとされているけど、
切りだし山のラノ・ララクには、彫り途中のもの、背面を仕上げるために建てる途中のもの、
どこかのアフまで運ぶ途中のもの、といったように、
すべての段階で途中で放置されたモアイだらけで、
突然一斉に「モアイ作りやめた!」という日があったかのよう。
なぜ突然作るのをやめてしまったのか、というのも謎。

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(Ahu Naunau)

そして、イースター島のモアイでアフの上に立ってるものはすべて復元されたもので、
1700年代半ばの食糧難による部族間の戦争でモアイはすべて倒されてしまい、

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島のあちこちに倒されたモアイと崩れたアフがある、ということも、今回はじめて知りました。
切り出し、運搬、建てこみ、すべて人力で行い、何年もかかって作った神聖なモアイとアフを、
同じ人間の手で倒し壊してしまったとは、戦争の狂気を感じ、本当に悲しくなります。

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(Ahu Akivi)

やっぱりモアイには立っていてほしい!
・・・のですが、現実は、
イースター島にある887体のモアイの中で、
復元されて立っているものはわずか40体。
石切り場ラノ・ララクに397体、
運搬途中で放置されたもの92体、
祭壇に立ったことがあるけど倒されてるもの288体、
だそうです。
モアイが約900体もあることにも驚いたけど、立っているのがその5%にも満たない、
という事実に驚きました。

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 (朝日とAhu Tongarikiの15体)


モアイ話、つづく。
posted by rurue at 08:40| Comment(0) | 旅行:ブラジル国外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月13日

Santiago & Easter Island旅行 その3

サンチアゴから足をのばして行った、港町Valparaíso:バルパライソ編です。
パルパライソと、隣接するViña del Mar:ビーニャ・デル・マールに行く1日ツアーに参加しました。

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サンチアゴの外港のバルパライソは、港近くの一部をのぞいてほとんどが丘陵地、
その上にびっしりと立ち並ぶ家々とその迷路のような街並みの景観が、
2003年にユネスコの世界遺産に登録されています。
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カラフル〜。

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こんな看板があったり、

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階段までカラフルに塗られていたり!

こんな急坂だらけの町の庶民の足として、
120年以上前から何本ものAscensor:アセンソール(ケーブルカーみたいな斜行エレベーター)が
利用されていて、今でも現役で活躍しています。
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傾斜50°くらいのものまであるとか。
その中の一つ、Ascensor Concepciónに乗りました。
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思っていたより小さい立方体の箱でした。定員8名だそうです。
このAscensoreの外側もカラフル!
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ここのはチリ国旗柄でした。


バルパライソの隣町、Viña del Mar:ビーニャ・デル・マールの方は、
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サンチアゴのお金持ちが遊びに来るというビーチの町。
車で2時間くらいで着くので、別荘地としても人気なんだとか。
街中には、
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広々した道路には花が飾られていたり、隣町バルパライソとはまったく違ったとこでした。。。

posted by rurue at 02:45| Comment(0) | 旅行:ブラジル国外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

Santiago & Easter Island旅行 その2

続きまして、サンチアゴ旅行のもうひとつの目的、ワイナリーめぐりの話を。

めぐり、と言っても2か所しか行ってないのですが、
チリワインの最大手、Concha y Toro:コンチャイトロと、
おしゃれな雰囲気が凝縮された感じのワイナリー、Casas del Bosque:カーサス・デル・ボスケ、
に行ってきました。

まずはConcha y Toroから。
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1883年創業の、世界130カ国以上に輸出をしている超大手。
今ではチリ内で6か所、アルゼンチンにも1か所のぶどう畑を所有しているそうですが、
見学ツアー開催のワイナリーは、発祥の地でもあるMaipo谷にあり、
サンチアゴ市内からの距離の近さと知名度で、観光客もたくさん来てました。
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創業者の昔の家や庭を見つつ、背後にひろがるぶどう畑と、
いろんな品種を観光用に並べたぶどう畑のまだ若い実を見つつ、
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建物の中へ。
温湿度管理ばっちりの貯蔵庫を抜けて、
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この階段を降りた地下にあるのが、
ブランド名にもなっている「Casillero del Diablo:悪魔の蔵」。
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その昔、夜な夜な在庫ワインが従業員のつまみ飲み(?)で減っていくので、
創業者が「この蔵には夜、悪魔が出るぞ」という噂を流してそれを防いだ、という逸話が残されてます。
見学ツアーではアトラクション的な演出でその紹介が。
それと、この「悪魔の蔵」は自然のままの温度・湿度なんだそうです。寒いくらいに涼しかった〜。
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このツアーでは赤と白、一種類ずつの試飲あり。
さらに、メーカー名入りのワイングラスがお持ち帰りできます。
(他に、創業者の名のついた最高級ワイン「Don Melchor」の試飲があるワンランク上のツアーもあり。
そっちがよかったな。。。)
ショップとワインバーも併設されてます。


もうひとつが、サンチアゴから車で約2時間のワインエリア、
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Casa Branca谷にある、

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Casas del Bosque
Casa Branca谷はシャルドネやソービニヨン・ブラン、ピノ・ノワールに特に良い気候と言われ、
ワイナリーがたくさんあって、ワインロードと呼ばれる道があるほどなんだけど、
その中でも老舗で、世界大会で金賞受賞ワインを持つ実力派です。
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見渡す限りのぶどう畑。

工場とショップ、レストランも併設されている建物がまた雰囲気あって、
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入口正面ではかわいいクリスマスディスプレイがお出迎えしてくれました。

見学ツアーはぶどう畑を見た後、
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醸造工程を説明しながらワイナリー内を見せてくれます。

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樽はすべてがフレンチオークとのこと。

さてさて、ここはテイスティングルームがまたすごい。
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素敵な雰囲気で気分が盛り上がります。
ここで、目の前の4つのグラスに順番に、
●DSC00384-s.jpg
白2種類、赤2種類、最後にグラスを追加して赤をもう1種類、計5種類も試飲。
(この↑写真はぜんぶ飲みかけ。この3倍くらいの量を試させてくれました。)
丁寧な説明とミニリーフレット付きで、満足度も高かったです。


それぞれツアー後に、併設ショップでしっかりお買物もし、ワイナリーめぐりを満喫しました。
外国でのワイナリーは初めてだったけど、また機会あったらいろいろ行きたいな。

posted by rurue at 23:30| Comment(0) | 旅行:ブラジル国外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月07日

Santiago & Easter Island旅行 その1

この年末は、チリに行ってきました。
首都サンチアゴに4泊、そこから太平洋上に飛行機で約5時間のイースター島に4泊、
合計8泊9日の長旅です。

まずはサンチアゴ編から。
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サンパウロから飛行機で約4時間半、アンデス山脈を越えたらサンチアゴです。

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サンチアゴ、四方を山に囲まれている、緑の多いきれいな街です。
(サン・クリストバルの丘:Cerro San Cristóbalからの眺め。)

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山、といっても標高6000m級。雪をかぶった迫力ある姿が、街中から見える、
・・・のですが、盆地なために排気ガスが抜けずスモッグになってしまうため、
見えない時間も結構多かったです。

半日市内観光ツアーに入って、
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黄金を求めてやってきたスペイン人と先住民の闘いの際の、
スペイン側の要塞だった場所にできた公園、サンタルシアの丘:Cerro Santa Lucíaや、

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旧市街の中心アルマス広場:Plaza de Armasと、それを取り囲む歴史的建物の数々を見まわし、
(上写真の右手前から、市議会だった建物(今は役所)、
19世紀初めに作られた宮殿で今は国立歴史博物館(クリーム色)、
19世紀末に建てられ大統領府としても使われていた中央郵便局、
正面左がチリのカトリック総本山サンチアゴ大聖堂)

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サンチアゴ大聖堂の広くて豪華な中ものぞき、

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中心街のにぎわいもちら見、

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元造幣局で現大統領府、1973年のクーデター時に闘いの地となったモネダ宮殿も見てきました。


が、サンチアゴの旅の目的は、
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メトロで出かけたこちら↓です。

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中央市場:Mercado Central。
外側に見えるテントの奥のレストランと、
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この、中にあるレストランそれぞれで食べた、
海の幸の数々!!

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ウニは、持参の醤油とわさびで食べました(^^)

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カニはこれでSサイズ。2人で食べるのにちょうどいいサイズでした♪

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魚介山盛りスープも美味しかった〜!!

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生ホタテがごろごろ入ったセビッチェ:Cevicheも美味しかった!!

そしてそして、
新市街高級おしゃれエリアにある日本食レストラン「将軍」の、
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ウニいくら丼!!
無い時もあると聞いていたのですが、この時はあってラッキー!!


・・・つづく。
posted by rurue at 11:20| Comment(3) | 旅行:ブラジル国外 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

Feliz Ano Novo 2013!!

あけましておめでとうございます。

今回の年末年始は、30日に旅行から帰ってきてサンパウロで年越しを迎えました。
大みそかは知人宅にお呼ばれして、美味しい手料理と、
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ワインの夕べ。(お料理の写真も撮ればよかったー(>_<))
M夫妻、ごちそうさまでした!!


サンパウロの年越しといえば、
あちこちで上がる花火と、メインストリートAv. Paulistaの盛り上がりが有名ですが、 
0時ちょうどは私たちもまだ宴もたけなわ(笑)、花火の音を聞きながら楽しく飲んで、
1時をまわった頃に徒歩にて帰宅。

せっかくだし、そうじゃなくても一番明るいし、ということでAv. Paulistaに出てみたら、
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1時すぎなのにまだこの人出!
この日ばかりは夜中でも昼間以上のにぎわいで、普通に帰ってこれました(^^;




年末は、こんな場所に行ってました。
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もうね、実物を見たらすっかりモアイファンです。
旅行記はまた追ってUPします。


それでは皆様、今年もよろしくお願いします。
posted by rurue at 10:22| Comment(2) | サンパウロのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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